当方はトレーニング指導と鍼灸マッサージ施術を生業としています。
両者は全然違うもののようで実は同じ理屈で繋がっています。
なぜなら同じ学説を使って説明ができるからです。
この記事では、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師を目指す学生さんにはお馴染みの学説を紹介しながら、その学説からトレーニングと鍼灸マッサージの科学的根拠を説明していきます。
目次
サイバネティックスの学説
概要
アメリカのノーバート・ウィナーさんが提唱した学説です。
サイバネティックスとはギリシャ語で舵取り(かじとり)を意味します。
この学説が言いたいことは……
人間は機械ではないよ
ということ。
人間の身体には、「生体のフィードバック機構」備わっています。
わかりやすくいいかえると、どんな状況においても身体はその状況に合わせて均衡を保とうとする働きです。
機械の場合はこの機能がありません。
与えらえた情報や状況に対して決まった反応しか起きません。
例えば炊飯器はご飯を炊いてという情報をそのまま処理します。
できあがるのはいつも同じご飯です。
逆に言えば、水の分量を間違えれば硬いご飯ができたり、柔らかいご飯ができたりします。
「単純作業に向いているが融通が利かない」そんなイメージです。これを開回路(かいかいろ)といいます。
これに対して、人間は与えられた情報や刺激に常に自律神経系や内分泌系を介して均衡を保とうとします。
先ほどの炊飯器が人間と同じなら、水を入れ過ぎてしまったら、柔らかいご飯が炊けるという結果を知っているので、その結果に対して反応して水量を調整し、良い塩梅のご飯を炊こうとします。この流れを閉回路(へいかいろ)といいます。
トレーニング、鍼灸マッサージとサイバネティックス
トレーニングによる負荷や鍼灸マッサージの刺激はストレスの一種です。
このストレスに対して、ただ筋肉が傷んで終了では機械と同じです。(開回路)
生体はこの刺激(ストレス)に耐えれるように筋肉を太くしたり、強くしたりと反応します。
この反応の初期段階として「生体のフィードバック機構」にスイッチを入れることが大切です。
生体のフィードバック機構のスイッチを入れる切っ掛けになるのが、トレーニングや鍼灸マッサージの刺激です。
あえて身体に微細な刺激を与えて、この機能を活性化させるんです。
まとめると……
生体のフィードバック機構により、異常状態にある身体をその異常に合わせて均衡を取ろうと調整することを意図的に起こすということです。
このあと登場する学説たちの基礎の部分がこのサイバネティックスです。
具体的にそのフィードバック機構のスイッチが入ると、どのような反応の流れが起こるのかを、次の学説以降で見ていきましょう。
ホメオスタシス
内部環境の恒常性について
生体を取り巻く外部の環境を外部環境といいます。
気温とか湿度が代表的です。これは常に変化しますね。
これに対して、細胞を浸している細胞外液(間質液と血漿)の状態を内部環境といいます。
内部環境を構成する細胞外液は、細胞に栄養を送り続けたり、老廃物を運び出したりするための大切な液体です。
この液体のお陰でいつも細胞内は一定の状態でいることができます。
例えるなら、実家のお母さんのような存在です。
こちらが何もしなくてもいつも家を掃除してくれたり、ご飯を作ってくれたりして家族の健康や生活を一定基準に保ってくれます。お母さんの存在って大きいですね!私も実家を出た頃は、そのありがたみを実感できました。
話が脱線しましたが……
そんな有難い存在が内部環境の細胞外液です。
この細胞外液(お母さん)が乱れると身体には異常が起きます。
家の中であれば荒れ放題です。
細胞外液の状態が乱れないようにすることを内部環境の恒常性(こうじょうせい)といいます。
この学説は、フランスのクロード・ベルナールさんが提唱しました。
緊急反応について
前述のクロード・ベルナールさんが提唱した「内部環境の恒常性」に関する機構を、今度はアメリカのウォルター・キャノンさんが「ホメオスタシス」と名付けました。
さらにキャノンさんは……
【内部環境が、外部環境(温度や湿度など)の影響を受けると、制御機構が働いて一定の幅に維持してくれる】というこのような反応を緊急反応と名付けました。
この調節を司る系統のことを……
交感神経‐アドレナリン(副腎髄質)系
といいます。
サイバネティックスのところで説明した生体フィードバック機構の最初の反応が、この交感神経‐アドレナリン系になります。
交感神経に働きかけるんですね~。
トレーニング、鍼灸マッサージと緊急反応
身体の痛みや運動器の退化はホメオスタシスの失調です。
バランスが崩れたままということ。
身体がバランスを戻そうにも反応していない状態です。
ここで、あえてトレーニングや鍼灸マッサージで物理的な刺激を与えて、まず最初にこの緊急反応を呼び起こし、生体フィーバック機構の活性を上げるんです。
交感神経を刺激するので、アドレナリンが内部環境に作用します。
最初は精神面に作用し、血圧が高まり、呼吸が速くなり、筋肉に血が行きます。
戦闘モードに入るということです。緊急反応は別名で闘争・逃走反応ともいいます。
戦うか逃げるのような究極の状況をイメージしてください。覚醒しますよね?
目の前のストレスに対して、緊張している状況が緊急反応です。
このような状況は適度に起これば、精神や肉体にとってスパイスになります。
いいかえれば元気が出るという事です。
ちなみにうつ病は交感神経が働きづらい疾患です。
ですので適度な負荷のトレーニングやマッサージは、適度な緊急反応を起こさせることができるので、自律神経に起因する精神疾患の改善にも大いに役立ちます。
トレーニングやマッサージをした後の爽快感のヒミツはココにあったわけです。
汎適応症候群(ストレス学説)
概要
カナダのハンス・セリエさんが提唱しました。
前述の交感神経‐アドレナリン系(緊急反応)が活性化されると、交感神経を司る視床下部が活性化し、視床下部から副腎皮質を刺激するためのホルモンを分泌するように下垂体に働きかけます。
視床下部から命令をうけた下垂体は前葉というところから副腎皮質を刺激するホルモンを出します。
このホルモンを受容した副腎皮質は、肥大してコルチゾールというホルモンを分泌します。
これは最初に受けた刺激(ストレス)に対して、身体の体制が整ったことを意味します。
ストレスとストレッサ―
刺激はストレスであると前述しましたが、さらに細かく分類すると……
【ストレッサー】=生体への刺激となるもの全て
【ストレス】=ストレッサーが作り出す生体のひずみ・ゆがみ
になります。
ストレスを受けた後の3つの様相
ストレスを受けた生体は以下に示す3つの様相を出現させます。
- 副腎皮質の肥大(コルチゾール分泌)
- 胸腺・リンパ系の萎縮(免疫の抑制)
- 胃・十二指腸潰瘍
この中でも副腎皮質の肥大は真っ先に起こるので、ストレスに対する防御としてのコルチゾール分泌が大変重要なことがわかります。
コルチゾールについて簡単に説明すると、免疫に使うパワーを押さえてまで血糖値を上げてストレスに負けまいとするホルモンです。
免疫を下げてしまうので、感染症にかかりやすくなりますが、免疫反応(炎症)も押さえているので、コルチゾールレベルが高い時は感染しても発病はしません。
よくある例……
平日は仕事でストレスが掛かるのでコルチゾールをたくさん出しています。
その間は免疫が下がってウイルスなどに感染しやすくなります。
しかしながらコルチゾールのおかげで免疫を押さえているので発症せず倒れることがありません。
そして休みなり気持ちが切れてストレスから解放されコルチゾールレベルが下がった途端に風邪を引くことがよくあります。
ちなみにコルチゾールはステロイド薬なんかで身近に使われています。
塗り薬などはかゆみ(炎症=免疫)を押さえます。名称も副腎皮質ステロイド薬です。
ストレスを受け続けると経過していく3つの時期
生体は休養なくストレスを受け続ける限り、必ず以下の3つの時期を経過していきます。
↑汎適応症候群の経過
第1期 警告反応期 |
警告反応期はさらに以下の2つの期に細分化する。
①ショック期:ストレスに対して無防備な時期。 ②反ショック期(交絡抵抗期):生体が積極的に防衛反応を示す時期。副腎皮質が肥大(コルチゾール分泌亢進)。全てのストレスに対して抵抗力が増加。 |
第2期 抵抗期(交絡感作期) |
最初に加えられたストレスに対してのみ抵抗力が増加。その他のストレスには抵抗力が低下。 |
第3期 疲憊期 |
抵抗力の消失。副腎皮質は肥大したまま機能が停止(コルチゾール分泌低下)。 |
トレーニング、鍼灸マッサージと汎適応症候群
わかりやすくトレーニングで当てはめてみると……
警告反応期のショック期はトレーニング直後のことです。
ウエイトトレーニングを行うと筋肉が微細に損傷します。
そして一時的に筋力が落ち、硬くなったり、筋肉痛に襲われたりします。
この時期は一時的なパフォーマンス低下を起こします。
ここから身体を元の状態に戻そうと、生体はあらゆるストレスに対して抵抗を始めます。ここが反ショック期です。
筋トレでストレスを感じた身体はまだ何によってストレスを与えられているのかが分かりません。
とにかく傷ついた身体を戻そうと必死に反応します。筋肉痛が緩和して来たり疲労が抜けてくる時期です。
回復(反ショック期)が終了すると、身体は具体的にどこにストレスが掛かったかを分析し、その部分を強化しようとします。ここが抵抗期です。
傷ついた部位を以前より強くしようとする反応です。巷では【超回復】なんて呼ばれています。
再度同じストレスが来ても耐えられるように備えるわけです。
トレーニングの刺激が弱いと警告反応期の反応が出ない為にこの流れは起きません。
身体を強くしようと思ったら、警告反応期を起こすことが大切です。
ですから筋肉痛の有無はある程度の指標になります。
適切な負荷のトレーニング、適切な休養を繰り返していけば永遠にこのサイクルを繰り返しますが、いつも同じメニューばかりを高頻度で繰り返していたり、自分のレベルを大幅に超えた負荷を掛けたり、トレーニング以外のストレス(仕事上の問題、対人関係、睡眠不足、栄養不足など)が高いと簡単に疲憊期に突入します。
前述の緊急反応が永遠に続いているような状況です。いつも戦闘モード、休まる時がありません。
これは、いわゆるオーバートレーニング(モチベーションの低下、長い期間の筋肉痛、強い筋肉痛など)状態ですから、この疲憊期を回避することがトレーニング効果をあげるためには最も大切です。
以上のことから、特にパーソナルトレーナーはクライアントのストレスチェックは必ず行うべきです。
残念ながら毎回同じような強度でクライアントを追い込みまくって悦に入っているパーソナルトレーナーを良く見かけます……。
次に鍼灸マッサージについて。
トレーニングと異なり、鍼の機械的刺激は反ショック期(交絡抵抗期)を、灸の温熱刺激は抵抗期(交絡感作期)を、あん摩マッサージ指圧の触圧刺激は反ショック相(交絡抵抗期)をそれぞれの施術によって意図的に起こさせることが可能です。
このようなメカニズムを則り、鍼灸マッサージで生体の抵抗力を鼓舞してあげるには、強すぎず弱すぎずな適正負荷が大切なんです。
強すぎる負荷は生体機能を停止します。上記の汎適応症候群に置き換えると疲憊期に突入してしまうのです。
いわゆる、もみ返し状態です。
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過剰刺激症候群(レイリー現象)
概要
フランスのレイリーさんにより提唱された学説です。
強すぎる刺激は、自律神経系にダメージを与えて、その次に内分泌系にも悪影響を与えます。
「適切な舵取り(サイバネティックス)を行うには、適度な緊急反応(自律神経系)と汎適応症候群(内分泌系)が機能してナンボの世界です。」
とさんざん前述してきました。
この過剰刺激症候群(レイリー現象)はこれらの流れを停止してしまう恐ろしい状態なのです。
過剰刺激症候群(レイリー現象)の四大特性
①血管運動性の障害
交感神経にダメージが入るので、血管が機能しなくなる。血が思うように運ばれないので、これにより臓器に障害が出る。
②刺激は非特異的
どんな刺激であれ、度が過ぎれば、いつでも過剰刺激症候群(レイリー現象)にまっしぐら。
③病変は非恒常性
人、反応形式によって違った反応が出る。個人差がある。
④障害は拡散
刺激を受けた部位だけでなく、思いがけないところにも障害が出る。強いマッサージの後でなぜか嘔吐したとか。
トレーニング、鍼灸マッサージと過剰刺激症候群(レイリー現象)
トレーニング、鍼灸マッサージ共に、過剰な刺激は体に毒であるということです。
前述の汎適応症候群における疲憊期に入ってしまうような刺激は、一発で過剰刺激症候群(レイリー現象)を引き起こします。
以上のことから強度調整には細心の注意を払うべきです。
さいごに
トレーニング、鍼灸マッサージに関する学説についてお伝えしました。
身体を強く健康にするためにこれらを利用するにあたって、両者ともに適切な負荷(ストレス)が大切であることがお分かり頂けたかと思います。
汎適応症候群を提唱したハンス・セリエさんは「ストレスはスパイス」であるとも言っています。適度なストレス(負荷)は逆に身体や精神に良い影響を与えるんです。
今回の記事を参照に是非トレーニングやコンディショニングを実りあるものにしていただけたら幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。